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"コンテクストが読めてないので一部についてしかわかってないんだけど、わたしてきには学ぶことは知的興奮ではあるが授業と自分ひとりで学ぶ違いは知的興奮がテクストや物だけでなく人との相互のやりとりによってもさらに活性化されるところにあると思う。それがクラスの一部の人とのものでなくクラス全体で活性化したものであると最高、かな。
じゃあ授業って何するところなのか?
個人的な意見としては、授業っていうのは『知的体験』だと思う。
今の授業を見てみると、要するに物凄い『受け身』の授業だと思うのだ。基本的には先生が板書し、説明しているだけ。生徒的にはそれこそブラウン管の向こうのものを見ている感覚に近い。こういう授業では殆ど頭を使わない(俺だけかもしれないけどね)。これをもっと双方向的な授業にしたいのだが、今は構造的にそれが出来ない状況になっている。
例えば、何か言いたいことや突っ込みたいこと(や言いたいギャグ)があっても、『俺がいらん発言をして授業の進行をストップさせたら他の人に迷惑かな?』とかそういう遠慮をして発言しなかったりすることが多い。確かに全員が疑問に思ったことをいちいち聞いたり、自分の持論を思い切り展開したりしていたら授業にならない。そんな中で自分だけワーワー言うっていうのもどうなんだ?というそういう思考は十分に理解できる。
しかし、元記事の例のようにチャット等があれば、(もちろん上限はあるだろうけれども)今よりは回りの迷惑にならずにかなり疑問質問意見を表明することが出来るようになる。その質問の中には物凄いくだらないものもあれば、鋭いものものもあるだろう。そういう質問疑問が結構な数、リアルタイムで寄せられることで、先生もそれらに反応できるようになり、今までよりも双方向的に、アクティブな授業が出来るのではないだろうか。議論と授業とを平行して進めることだってできるわけだ。
また、こういうシステムを上手く使えば生徒に本当に集中させて考えさせることが出来る。『○○の答えは何か?』『何故○○は○○なのか?』『○○なことに対して、あなたはどう思う?』みたいな問に対して、一時的にインターネットとの接続をブロックして(一時的にぐぐれなくする)考えさせ、答えのデータを送らせて全部前に表示!みたいなこともできる(ちょうど平成教育委員会とかそういうクイズ番組っぽい感じを連想してみてほしい。)。先生の問いにいかにすばやく答えるか?とかそういう早押しクイズ的なこともできる(個人的にクイズ好きなんですよね、数年前某クイズ番組で全国大会まで行ってから面白さに気づきました)。
また、そういう授業中のアクティビティは全てログに残せる。アメリカの大学では授業中の発言等も試験と同等ぐらいに評価するらしいが、そういうことが授業後にしっかりできる。この子はどれだけ発言しているのか?しっかり問題演習の時に演習できているのか?どういうことを授業中に調べていたのか?誰かの出した疑問に対し答えてあげたりしているのか?後にブログにどんなことを書いたのか?とか、そういうことは実によく記録に残っている。
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